2015年度第1回白山人類学研究会
ソロモン諸島の村落内紛争にみられた応報的正義と修復的正義 ――「互恵」と「共感」はどのような形で具現したか

竹川大介さん(北九州市立大学)

□日時 5月18日(月)18時10分〜
□場所 東洋大学白山キャンパス 8305教室
       (地下鉄東京メトロ本駒込駅、または都営地下鉄白山駅)
       http://www.toyo.ac.jp/access/hakusan_j.html        
□要旨
 本発表では、人間の道徳性の起源に関する進化論的な議論をもとに、フィールドでえられた紛争の事例を分析する。  これまで文化人類学は多数の文化の多様な価値観を明らかにしてきた。しかし一方で異なる宗教や個別の正義観に通底する道徳の普遍性に対する関心は、文化相対主義の中に埋もれてしまっている。  たとえばこうした道徳の文化的多様性の問題は、言語の文化的多様性と対比させるとわかりやすいだろう。すべての人間文化が言語を持つことから、生成文法のような普遍特性の存在を仮説立てられるのと同様に、個別文化の正義のありかたがいかに奇異なものであっても、その枠組みには進化論的な起源を持つ共通の普遍性があるのではないかという視点は可能である。  例えば霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァールは、「互恵」と「共感」をモラルの生物学的なふたつの柱と呼んでいる。本論では紛争解決における正義の実現の際に、この「互恵」と「共感」がどのように現れるかに注目する。互恵とは、公平さを求めるもので、相手との利害判断に関連する情動である。一方で共感とは、信頼や利他性に関連する情動である。  ところで「正義」という言葉は、英語の Justice の訳語であり、日本語では別に「司法」と訳される場合がある。近年、司法の世界では、刑罰による応報的な司法に対し、被害者の救済および加害者の再犯防止や社会復帰の観点から修復的司法が関心をあつめている。修復的司法は個人の犯罪だけでなく、たとえば大量虐殺など取り返しがつかない国家的犯罪などに対する贖罪にも用いられている。この法学の世界での応報的正義と修復的正義のふたつの概念は、先に挙げた(因果応報的)互恵と(関係修復的)共感の対比と重なる。  さて、ここからソロモン諸島でイルカ漁を行うF村で観察されたふたつの事例を元に、紛争解決にみられた互恵性と共感性に焦点を当て、社会的な応報と修復がどのように進行したかを検討していきたい。  ことの顛末と詳細は発表の中で述べるが、ふたつの事例において、村の関係者たちがとった方法は、近代西洋的な司法判断(正義)に慣れている私を十分に驚かせるものだった。つまり予想もつかない利他行為によって彼らは紛争の解決を図ったのである。  それは正義の応酬を巧みに回避し、過ちを犯した相手を罰するのではなく逆に許しを請い、解決のおとしどころを模索するというやりかただった。しかし彼らの説明を受け、そのあと起きたことを考えると、決して奇異な解決方法ではなく、わたしたちにも十分に理解できる普遍性を持っていた。  これらの事例から、村人たちが巧みに互恵性を操作し、相手との共感性を基盤とした道徳を利用していることが示される。


※終了後、白山近隣で懇親会を予定しております。



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